気づきによる自己変容に役立つように『奇跡講座 下 受講生のためのワークブック』の一部を抜粋・編集させて頂きました。自習学習のお供に。
【レッスン27】何にもまして、私は真に見たい
今日の主題概念は単なる決意よりも強いものを表現 している。それは、あなたの欲求の中で心眼(ヴィジョン)を最優先させるということである。自分が本気でそう思っているかどうか確信がないという理由で、あなたはこの主題概念を使うことにためらいを感じるかもしれない。それでもかまわない。今日の演習の目的は、この概念が完全に真実となる時を少しでも早めることにある。
何にもまして真に見たいと言うと、どうしても何らかの犠牲が求められていると信じたくなるかもしれない。もしも何の付帯条件もないことで不安になるようなら、 次のようにつけ加える。
心眼(ヴィジョン)は誰にも代価を求めない。
それでも損失に対する恐れがまだあるようなら、さらに次のようにつけ加える。
それは祝福を与えるだけである。
今日の概念は、最大の効果をあげるために、何度も繰り返す必要がある。少なくとも三〇分に一回、できれ ばもっと頻繁にこの概念を使うようにする。一五分から 二〇分間隔でやってみるとよいかもしれない。朝目覚めたとき、またはその直後に、主題概念を適用する間隔をはっ きりと決めて、一日を通してそれを守ることが推奨される。誰かと話していたり、ほかのことで忙しくしているとき でも、これを行うのは難しいことではない。何も妨げることなく、一つの短い文を自分に繰り返すことは可能である。
真に問うべきことは、あなたがどれくらい頻繁に思い出すか、ということである。また、あなたはどれほど 今日の概念が真実であることを望むのか、ということでもある。この二つの問いのうちのどちらかに答えれば、他方にも答えたことになる。おそらく主題概念の適用を忘れることが、数回もしくはそれ以上あるだろう。そのことで心を乱さず、思い出したらまた、その後は予定通り続けるように努力すればよい。一日のうちに一度でも今日の概念を繰り返しながら完璧に真摯になれたと感じたら、 何年分もの努力を省くことができたと確信してよい。
セラピストの一言
「つけっぱなしのサングラスをとって、自分の眼でハッキリ見たい」
そんなことを言っています。
だから私たちが払う犠牲は何もありません。
ただ本来の自分の眼で視るだけですから。
サングラスを取って目に映る世界は
色鮮やかに違いありません^^
自分を犬と勘違いした猫で言えば、
「自分が犬と勘違いしていると受け入れるとして、
どうやったら猫として考えられるの?猫として考えてみたい!」
そう言っているようなかんじ。
この言葉には二つの意図があります。
今の自分の見方を放棄します。
別の見方を望みます。
見方と考え方は同じですね。
レッスン24
自分はそれを知っているという確信が存在する間は、あなたは学ぶことができない
今の見方のほかに別の見方があると思わない限り、
私たちは、それを学ぶことができません。
まず、受け入れる余地が必要です。
次に、求めます。
「求めよ、さらば与えられん」
そして、与えられます。
奇跡講座(ACIM)は、聖なる言葉の音叉のようなものです。
ぜひ本書を手に取り、原文をお読みください^^
読むだけで、自然とエネルギーが調います。
中には理解しがたい文や、動揺したり、
どうしても強い拒否感が湧き上がることもあるでしょう。
それは奇跡講座(ACIM)を学ぶ誰もが経験する通過儀礼のようなものです。
不調に慣れ切っていると、それが正常になります。
奇跡講座(ACIM)が不調を癒し始めると、アンバランスで取っていた均衡がリバランスされていくプロセスで強い不快感を感じるのです。
それを通り過ぎ、本来の自然な状態に戻るととてもラクになります。
心のセルフ整体と言ってもいいかもしれません^^

