気づきによる自己変容に役立つように『奇跡講座 下 受講生のためのワークブック』の一部を抜粋・編集させて頂きました。自習学習のお供に。
【レッスン22】私が見ているのは、復讐の一形態である
今日の主題概念は、自分の心の中に攻撃的な考えを抱く者がどのように世界を見るかになるかを、正確に描写している。自分の怒りを世界に投影したことで、今にも自分に襲いかかろうとしている復讐を目にする。そうして自分の攻撃が正当防衛として知覚される。これは、自分の見方を進んで変えようという気になるまで、さらなる悪循環として続いていく。見方を変えない限り、攻撃と反撃の考えにとらわれたままとなり、それらの考えを体現する者たちで世界全体が埋めつくされることになる。そうしたときに、一体、どんな心の平安が可能だろうか。
あなたが脱出したいと思っているのは、こうした残酷な空想からである。それが実在しないというのは、喜ばしい知らせではないだろうか。そこから脱出できるというのは、嬉しい発見ではないだろうか。あなたは、自分で破壊したくなるようなものを作り出した。忌み嫌い、攻撃して殺したくなるようなあらゆるものを作り出した。あなたが恐れているすべてのものは、存在していない。
今日は少なくとも五回、毎回、最低一分間、周りの世界を見回してみる。視線を一つのものから別のものへ、一つの肉体から別の肉体へとゆっくり移しながら、次のように言う。
私は朽ちていくものしか見ていない。
私は永続するものは何一つ見ていない。
私が見ているものは実在しない。
私が見ているのは、復讐の一形態である。
そして練習時間の最期には、自分自身に次のように問いかける。
これが、私が本当に見たい世界だろうか?
答えは明らかなはずである。
セラピストの一言
レッスン190を開いたとき、「ワークブックに一言添えた記事を書こう」と何気なく始めたこのシリーズ。レッスン221以降は趣が変わるので、前に戻ってレッスン22から再開することにしました。
ところで、
新しい習慣を身に着けるのは、21日かかるそうです。
意味不明のレッスン1を目の間にすると、
つい「どういうこと」と「答え」を外に探したくなりますよね。
でもね、この情報だらけの現代社会で、
まっさらな状態で、自分なりにやってみる体験は貴重です。
だからそれを私ごときが奪っちゃいけん!と思い、
22日目から始めることにしました^^
さてさて・・
【レッスン22】は、私の心にグサグサと刺さります。。
「あ~、自分がやっていたんだなぁ」と。
私が『奇跡講座』を投げ出さなかったのは、
この「痛いところを突かれた」気持ちがあったからです。
「ものすごく痛いけど、痛いからこそ、きっと自分にとって真実で逃げちゃいけないんだろうなぁ・・」と。
人は痛みから逃げるので、自分の奥深くにしまい込んで蓋をした「見たくないもの」を自分で引っ張り出すのは難しいですよね。自分にできないそれを『奇跡講座』がやってくれているように感じていました。
それを認めていく作業は、何とも言えない苦さがありました。
グサグサくる前半部分に続き、
「あなたが脱出したいと思っているのは、こうした残酷な空想からである。」
本当は何を望んでいるかわかっていない私たちに、
ハッキリした答えをくれています。優しいです。
思考を「変える」のではなく、思考から「脱出」するんですね^^
奇跡講座(ACIM)は、聖なる言葉の音叉のようなものです。
ぜひ本書を手に取り、原文をお読みください^^
読むだけで、自然とエネルギーが調います。
中には理解しがたい文や、動揺したり、
どうしても強い拒否感が湧き上がることもあるでしょう。
それは奇跡講座(ACIM)を学ぶ誰もが経験する通過儀礼のようなものです。
不調に慣れ切っていると、それが正常になります。
奇跡講座(ACIM)が不調を癒し始めると、アンバランスで取っていた均衡がリバランスされていくプロセスで強い不快感を感じるのです。
それを通り過ぎ、本来の自然な状態に戻るととてもラクになります。
心のセルフ整体と言ってもいいかもしれません^^

