気づきによる自己変容に役立つように『奇跡講座 下 受講生のためのワークブック』の一部を抜粋・編集させて頂きました。自習学習のお供に。
【レッスン44】神は光であり、その光の中で、私は見る
あなたは闇の中で見ることはできないし、光を作り出すこともできない。闇を作り出してから、その中で見ていると考えることはできるが、光は生命を反映するものなので、被造物の一側面である。被造物と闇は共存できないが、光と生命(いのち)は被造物の別々の側面にすぎないので、必ず一緒に存在する。
真に見るためには、光が外ではなく内にあるということを認識しなければならない。あなたは自分の外で見 ることはなく、視覚器官があなたの外にあるのでもない。 この視覚に不可欠な要素は、真に見ることを可能にする光である。それは常にあなたとともにあり、あらゆる状況で心眼(ヴィジョン)を可能にしている。
今日は、その光に到達することを試みる。この形態は訓練されていない心にとっては、特に難しいものであり、心の訓練の主要なゴールの一つでもある。それは訓練されていない心に欠けているまさにそのものを必要とする。 しかし、あなたが真に見ようとするなら、この訓練を達成しなければならない。
今日使う練習の形態は、 訓練されている心にとっては、最も自然で容易なものである。しかし、訓練されていない心には、最も不自然で難しいものに思える。
あなたの心は、もはや、まったく訓練されていないわけではない。あなたには、今日用いる演習の形態を学ぶための用意は充分にできているが、強い抵抗感が生じることがあるかもしれない。その理由は非常に単純である。 このやり方で練習するとき、あなたは自分が今信じてい る一切のものごとと、自分が作り上げたすべての考えを後にすることになるからである。正しく言うなら、これは地獄からの解放である。しかし、自我の目を通して知覚されるならば、それはアイデンティティーを失うことであり、地獄に落ちることにほかならない。
もしあなたが、ほんの少しでも自我から離れたところに立つことができたなら、自我による反対や恐れが無意味だと認識することは少しも難しくないだろう。あなたがこれとは逆のどのようなことを信じているとしても「光に到達することは、闇から脱出することである」ということを、ときどき思い出せば助けになるだろう。あなたは光の中で見るのであり、神がその光である。あなたは神に到達しようと試みているのである。
練習は、目を開けたまま今日の概念を自分に繰り返すことから始め、ゆっくりと目を閉じて、さらに数回その概念を繰り返す。その後、一切の余念や雑念を静かにやり過ごしながら、心の奥へと沈潜する、これをあなたが自分で止めることを選択しない限り、あなたの心がこの途中で止まることはない。心はそれ自体の自然な道筋に沿って進んでいくだけである。現れては消えていく自分の考えを、深入りせずに観察し、静かにそれらが消え去る。
この形態の演習について特別のやり方を推奨することはしないが、自分のしていることが重要なことであり、 自分にとって計り知れない価値があるという感覚や、非常に神聖なことを試みているという自覚は、必要である。 救済はあなたが達成するものの中で最も喜ばしいものである。また、それはあなたにとって、真に役に立つ唯一の者なので、唯一意味のある達成である。
もしどんな形であれ抵抗を感じるようなら、演習を休止して、恐れを自覚していない限りは目を閉じたままで、今日の概念を繰り返す。恐れがあるときは、少しの間、目を開ける方が安心できるだろう。それでもできるだけすぐに目を閉じて演習に戻るようにする。
演習を正しく行っていれば、何らかのくつろいだ感覚や、実際に光の中へと入らないまでも、光に近づいていく感じさえも体験するはずである。世界の考えを通り過ぎていきながら、形もなく限界もない光のことを考えるようにする。そして、世界の考えに自分で力を与えない限り、それらはあなたをこの世界につなぎとめてはおけないということを、忘れてはならない。
一日を通して今日の概念を何度も繰り返す。目は開けたままでも閉じていても、そのときの都合でどちらでもよい。けれども、とにかく忘れることのないようにする。 何よりもまず、今日は忘れないと決意することである。
セラピストの一言
自分の目では見ない、考えない。
そう言い換えていいレッスンです。
人間の脳の仕組みとして、単純に「○○しない」のは難しく、
ある行為をやめるためには、代わりに他の行為をするのが達成のコツです。
つまり「自我の見方で見るのをやめる!!」のは難しいので、
「神の眼で視る」を意識した方がやりやすいのです。
くれぐれも現実はスクリーンに映し出されたものであり、
映写機は内側にあると忘れないようにしましょう。
あなたが内側に見つけた光が、現実に現れます。
あなたと神は分かたれることなく1つなので、
あなたはいつでも内側に神の光を視ることができます。
神の光が現実に映し出され、その中を生きるなら
それが恩寵でなくてなんだというのでしょうか。
恐れを感じるとき、あなたは神の光を視ていません。
もし恐れを感じたときはそれをサインに、恐れから離れて「安心」を探してみて下さい。
安心はあなたの真の自己がホームである神のところへ還った(一致した)サインです。
奇跡講座(ACIM)は、聖なる言葉の音叉のようなものです。
ぜひ本書を手に取り、原文をお読みください^^
読むだけで、自然とエネルギーが調います。
中には理解しがたい文や、動揺したり、
どうしても強い拒否感が湧き上がることもあるでしょう。
それは奇跡講座(ACIM)を学ぶ誰もが経験する通過儀礼のようなものです。
不調に慣れ切っていると、それが正常になります。
奇跡講座(ACIM)が不調を癒し始めると、アンバランスで取っていた均衡がリバランスされていくプロセスで強い不快感を感じるのです。
それを通り過ぎ、本来の自然な状態に戻るととてもラクになります。
心のセルフ整体と言ってもいいかもしれません^^

