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【レッスン28】何にもまして、私はものごとをこれまでとは違った見方で見たい

奇跡講座を学ぶ
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気づきによる自己変容に役立つように『奇跡講座 下 受講生のためのワークブック』の一部を抜粋・編集させて頂きました。自習学習のお供に。

目次

【レッスン28】何にもまして、私はものごとをこれまでとは違った見方で見たい

今日の主題概念において、私たちは、昨日の概念を真に具体的に適用しようとしている。これらの練習時間には、あなたは一連の明確な誓約をすることになる。それをあなたが将来も守り続けるかどうかは、ここでは問題にしない。少なくとも今その誓約をしてもいいという意欲があるなら、あなたはそれを守る道を歩み始めたのである。そして、私たちの歩みはまだ始まったばかりである。

あなたはおそらく、「何にもまして、私はこのテーブルをこれまでとは違った見方で見たい」と言うことがなぜ重要なのかと、首をかしげるかもしれない。それ自体は、少しも重要なことではない。しかし、それ自体で存在しているものなどあるだろうか。そして、「それ自体」とは何を意味するのだろうか。あなたはたくさんの分離したものごとを自分の周囲に見ているが、そのことが真に意味しているのは、あなたはまったく真の見方で見ていな いということである。あなたは真に見ているか、まったく見ていないかのどちらかでしかない。もし一つのものごとをこれまでとは違った見方で見たなら、あなたはすべてのものごとをこれまでとは違った見方で見るようになるだろう。あなたがどれか一つの中に見る光は、それらすべての中にあなたが見る光と同じである。

「何にもまして、私はこのテーブルをこれまでとは違った見方で見たい」と言うとき、あなたはそのテーブルについての自分の先入観を撤回して、それが何であり、何のためのものか、ということに対し心を開くという誓約をしている。あなたはそれを過去の見地から定義しているのではない。それが何であるかをそれに対して告げるのではなく、それが何であるのかを尋ねている。あなたはその意味を、テーブルについての自分のわずかな経験に縛りつけず、その目的を自分の小さな個人的な考えに限定することもない。

あなたは自分がすでに定義したものについて質問することはしない。そしてこれらの演習の目的は、質問を して、答えを受け取ることにある。「何にもまして、私 はこのテーブルをこれまでとは違った見方で見たい」と言うとき、あなたは真の見方で見ることに献身すると誓っているのである。それは対象を限定した誓約ではない。それはテーブルに対してだけでなく、ほかの何に対してでもあてはまり、テーブルに対するとき以上でも以下でもなく 同じようにあてはまる誓約である。

実際、もしテーブルに関する自分の観念のすべてを取り払い、完全に偏見なくそれを見るなら、あなたはそ のテーブルだけからでも心眼を得ることができる。それはあなたに何かを見せてくれる。美しく、穢れなく、永遠の価値のある何か、幸せと希望に満ちた何かである。それについてのあなたの一切の考えの下に隠されているものが、その真の目的であり、それが全宇宙と共有する目的で ある。

したがって、今日の概念を適用する対象としてテーブルを用いながら、あなたは実際には宇宙の目的を見たいと求めているのである。練習時に題材として用いるもののどれにでも、あなたは同じ要請をしていることになる。そしてあなたは、それぞれのものに対し、自分の価値判断を押しつけるかわりに、その目的が自分に開示されるようにする、と誓約しているのである。

今日は二分間の練習を六回行うが、どの練習時間にも、最初に今日の概念を読み上げてから、次に、周囲に見えるものにそれをあてはめていく。対象を無作為に選ぶだけでなく、真の見方で見るという目的に役立つものとして同等に価値があることを認めて、どれに対しても同じく真摯に、今日の概念を適用することが必要である。

いつもの通り、主題概念の適用は、あなたの目にとまったものを対象とし、その名称を用いて次のように言うが、その間それをじっと見ているようにする。

何にもまして、私はこの______をこれまでとは違った見方で見たい。

毎回、ゆっくりと、できるだけ心を込めて適用する。 急ぐ必要はない。

セラピストの一言

過去の見地からの自分の定義を押し付けるのではなく、
それが何か尋ね、意味が開示されるようにするというのは、【レッスン14】【レッスン12】にもありました。

レッスン14

「神は意味のない世界を創造しなかった」
この概念は、あなたが世界に書き込んだ考えを消し去り、そこに神の言葉を見るための次のステップである。

レッスン12

あなたがこの世界を意味のないものとして受け入れることができ、そこにあなたのために真理が書き込まれるままにすることができたなら、それは言葉に尽くせないほどあなたを幸せにするだろう。

これまでのレッスンから、

「原因と結果は分離しない」
「知覚を生じさせるのは、考えである」であれば、

原因=考え/見方によって、結果=知覚が生じます。

「形を作るのは、考えである」なら
形をあるがまま見れたら、神(の考え)が見えるわけです。

真理=神、の考えが現れるままにしたならば(原因)、
言葉に尽くせないほど幸せになる(結果)のだから、

真理=神は、幸せな考えそのものですね。

レッスン19

原因と結果は決して分離しないので、思考とその結果は実は同時に起こっている

見たら(考えたら)、体験するのだから、
タイトル「何にもまして、私はものごとをこれまでとは違った見方で見たい」は、
「神を見たい」「絶対、幸せになるぞ!」と宣言しているかんじがします^^

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奇跡講座(ACIM)は、聖なる言葉の音叉のようなものです。

ぜひ本書を手に取り、原文をお読みください^^

読むだけで、自然とエネルギーが調います。

中には理解しがたい文や、動揺したり、
どうしても強い拒否感が湧き上がることもあるでしょう。

それは奇跡講座(ACIM)を学ぶ誰もが経験する通過儀礼のようなものです。

不調に慣れ切っていると、それが正常になります。
奇跡講座(ACIM)が不調を癒し始めると、アンバランスで取っていた均衡がリバランスされていくプロセスで強い不快感を感じるのです。

それを通り過ぎ、本来の自然な状態に戻るととてもラクになります。

心のセルフ整体と言ってもいいかもしれません^^

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