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「可哀想な私」が消えた日——カルマ「1」と父の愛の再解釈

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SCRフィールドノートは、日々感じた数字のエネルギーや、リーディングを通して見えた気づきを綴る個人的な記録です。決まった解釈ではなく、「こんなふうに数字を感じる人もいるんだ」と楽しんでもらえたら嬉しいです。

前投稿から約3ヶ月ぶりになります💦

この間に私が取り組んでいた1つは、スピリチュアルカルマ「19-1」、特に「1」のカルマでした。

SCRにおいて、数字1は、神の男性性、天使ミカエルの象徴であるとされています。

強いリーダーシップの持ち主で、高い先見性と発想力があり、
頭1つ飛びぬけて仕事ができるイメージです。

なぜかそれまで私は【19】しか見えていなくて(;^_^A、
【1】のカルマに気づいていませんでした。

かなこ

やっぱりミカエルさんと縁があるな~と思ってただけでした

前投稿で少し触れましたが、
私は幼少期から父に進学(仕事)の反対をされ続けてきました。

まさに【1】のカルマです(笑)

前置きが長くなりましたが、今回は、スピリチュアルカルマに【1】をもつ
私の気づきをシェアします。

内観や気づきのプロセスとして、参考になれば幸いです。

目次

気づいて大嵐、からの解放

私は父はとても頭がよくて、人望もあり、仕事ができる人です。

私のことを、心から愛してくれています。

しかし皮肉なことに、私を失敗させる世界一の達人が父なのです。

1つ1つ丁寧に、私の才能を認められた道、努力した道、好きな道、友人関係を
叩き潰していったのは、強いトラウマです。


「変わる」と決めた30半ば頃、父に対する私の恨みはかなり根深くて、
当時「この恨みを手放さないかぎり、幸せになれない」と気づいたところから
すべて始まったと言っても過言でもないくらい、私にとって中心課題でした。

数年間、いろいろ取り組んできた結果、
最近はほとんど考えることもなかったのですが・・

今回【1】のカルマの存在に気づくと同時に、
父の理不尽な反対が、姉2人にはされておらず、私にだけ発動していたことに気づいたんです。

私が父から猛烈に奪われ、泣いて泣いて泣いて引き裂かれた道の1つ1つを、
それぞれの姉はやっていました。

さらにひどいのは、父は姉がやっていたそれを「大したもんだ」と褒めていたのです。

私は一番小さかったのに、
私には酷い言葉と共に取り上げたのに・・・。

どうして私にはゆるされなかったのか。

どうしてこれまで気づかなったのか。

私の中はぐっちゃぐっちゃの大嵐です。
あまりに大きな声でむせび泣いたので、猫が少し離れたところから背をかがめて、ジーっと見ていました(笑)


「なぜ、なぜ、なぜ?」

「父が私にしたこと覚えてる?」


親を電話で問い詰めたくなりましたが、
こんな視点とエネルギーで動いたところで、良い方へいかないことはわかってます。

ネガティブなグルグル思考から離れるには、
体を使って、目の前のことに夢中になるのが一番いいと知っています。

だから、いつもより自分に優しくし、ゆっくりした時間をとりつつ、
やりたかった家の片づけをするなど、手を動かして過ごしました。

それでもふっと湧いてくるネガティブな感情は、
「流れろ~流れろ~」「はいはい、デトックス中」と放っておきました。

やはり思考でぐっと掴んで入り込まなければ、
流れる雲のようにいつか終わるものだということを再確認しました。


時間はかかりましたが、自然と認識が変化していき、
ふと「父は本当に私が可愛くて仕方なかったんだなぁ」と思って、ホッとしました。

1つの終着点を迎えたことがわかったからです。

自然と笑みがこぼれました。

空回りの父が可愛く思えたこともそうですが、
なによりそういう認識に至れた自分に安堵したからです。


(私が可愛いあまり)過ちを繰り返した父を可愛く思えたのは、大きな認識の変化でした。

ここで私の生来の思いグセについてお話しします。

それは「相手を責めたくない」という強い思いです。

一見良いことのようですが、隠れた信念は、
「相手のせい(で自分が傷ついている)」というものです。


思い返してみると「私が可愛くて仕方なかったんだなぁ」と思う以前は、
自分の経歴のつまづきを「自分の失敗」として背負っていたんだと思います。

人生を台無しにしてしまった感覚、台無しになった人生を抱えている感覚は、
どちらも抱えるには苦しすぎて、原因である父のせいにして、
でも父のせいにはしたくなくて「従った自分が悪いんだ」と自分を責めていました。

本心では「父のせい」と信じながら、「そう思っちゃいけない」とフタをしたことで、
苦しみのガスが充満して、呼吸ができませんでした。


ところが「父、可愛いな」と気づいたときには、
自然に「父の失敗」として見ていました。

それも「左右の靴下間違えて会社行っちゃった」くらいの軽い感覚で。

「父のせいにしたくない」と勝手に背負った荷物を、
父に返したのでラクになったんだと思います。

複雑にしていたのは自分で、単に認めるだけで良かったんですね。

私が拒んでいたのは、父でも自分でもなく「そのまま見る」ことでした。

父に失敗を返して同時に見えたのは、私を愛してやまない父の姿でした。


1つ疑問なのは、

どうして私は父(母姉2人も含め家族全員)から色々言われたことを受け入れたのか?

ということです。

自分の素直な気持ちに聞いてみると、

「みんなのことが大好きだったから」と返ってきました。

返ってきたというか、本当は知っていたんですけどね。

何を諦めようが、それ以上に大切で、信じたかったんです。

ある意味、無意識に「それ以外は要らない。ずっとこの中にいたい」と自分の世界が広がることを拒んでいたかもしれません。これは、考えすぎかもしれませんが。


私は、「家族に才能やチャンスを奪われた可哀想な子」じゃなくて、
「大好きな家族をもった幸せな子」でした。

なんとなく、私の魂が喜んでこの家に生まれてきたような気がしました。
望みが叶って、喜びいっぱいだったろうなと。

ただ自分の「好き」をもっと喜んでいればよかったんです。

心の中に視えたのは、
どこにも罪はなく、不足も失敗もなく、
私を愛した父と、大好きなみんなに囲まれた私がいるだけでした。

お読みいただきありがとうございました。

【後日談】
気づきの1週間後、新規の男性クライアントさんから「ビジネスをもう1段階上にあげたい」とご相談がありました。思わず、私の「内側の変化の現れかな?」と驚きました。

かなこ
かなこ

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