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【レッスン196】私が十字架にかけることのできる相手は、私自身だけである

奇跡講座を学ぶ
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気づきによる自己変容に役立つように『奇跡講座 下 受講生のためのワークブック』の一部を抜粋・つなげさせて頂きました。

奇跡講座(ACIM)は、聖なる言葉の音叉のようなものです。

ぜひ本書を手に取り、原文をお読みください^^

読むだけで、自然とエネルギーが調います。

中には理解しがたい文や、動揺したり、
どうしても強い拒否感が湧き上がることもあるでしょう。

それは奇跡講座(ACIM)を学ぶ誰もが経験する通過儀礼のようなものです。

不調に慣れ切っていると、それが正常になります。
奇跡講座(ACIM)が不調を癒し始めると、アンバランスで取っていた均衡がリバランスされていくプロセスで強い不快感を感じるのです。

それを通り過ぎ、本来の自然な状態に戻るととてもラクになります。

心のセルフ整体と言ってもいいかもしれません^^

目次

【レッスン196】私が十字架にかけることのできる相手は、私自身だけである

このことがしっかりと理解され、十分に自覚されるなら、あなたは自分自身を傷つけることも、復讐の奴隷にすることもしなくなるだろう。自分自身を攻撃しなくなり、他人への攻撃は自分への攻撃に過ぎないと悟るだろう。兄弟を攻撃することが自分を救うという狂った信念からも自由になるだろう。そして彼が癒されるときあなた自身が癒されると理解するようになる。

最初のうちは、今日練習する概念の中に、すべてを確かに保護し続ける無限の慈悲が見いだせるのか、わからないかもしれない。

今日の概念は、束縛から完璧な自由に至るために私たちが踏み出す一歩である。心は一つずつ、重荷を捨て去り、救済の示す道を速やかに進めるようになる。このことに必要なのは時間ではない。意欲だけである。

他人を攻撃することで自分自身を救い出せるというわびしく絶望的な考えが、あなたを十字架に釘づけにしてきたのである。

もしあなたが、他人を攻撃しておきながら自分自身は自由でいられるという恐ろしい考えを受け入れるなら、そうした形の狂気をあなたは信じているのである。この形を変化させない限り、希望はない。少なくとも、こんなことはまったくありえないはずだとわからない限り、どうして脱出が可能となるだろう。彼はこの想念の愚かさを知覚せず、あるいはその想念がそこにあることすら見えず、したがってそれを疑問視することさえできない。

少しでも疑問を抱くには、まずはじめに、少なくとも報復の恐怖がやわらぎ、その責任がある程度あなたのもとに戻されるところまで、その形が変化する必要がある。そこからなら、あなたは少なくとも自分がこの苦痛の道を進みたいかどうかをよく考えることができる。この変化が達成されるまでは、自分に恐れをもたらしているのは自分の想念であり、自分の解放は自分にかかっているということを、あなたは知覚することができない。

あなたが自分自身の想念以外の何かによって、傷つけられることは不可能だと理解するとき、神に対する恐れは必ず消滅する。そのときには恐怖が自分の外側で引き起こされるとは、信じられなくなる。

あなたが十字架にかける相手はあなた自身以外にないというのなら、あなたは世界を傷つけたことはなく、その復讐や追跡を恐れる必要もない。あなたが最も恐れているのはあなたの救済である。あなたは強き者であり、あなたが望んでいるのは強さである。そしてあなたは自由であり、自由を喜んでいる。あなたは自分の強さと自由を恐れたので、弱気者となって、束縛されることを求めてきた。しかし救済は強さと自由の内にある。

あなたが恐れているのは自分だということを、迷いの余地なく完全に悟るとき、心は自分が二つに分裂していることを知覚する。自分が恐れるべきものは外側の敵のように思えていた。

あなたを罰し続けようとたくらむ一人の殺人者が、今一瞬の間、あなたの内側に知覚される。この瞬間こそ救済が訪れる。神に対する恐れが消滅したからである。あなたは自らを神の子と呼んで、神に向かってその愛により幻想から救ってくれるようにと助けを求めることができる。

あなたの心が十字架に掛ける対象とすることができる相手は、あなたしかいない。しかし、あなたの贖いもまた、あなたから訪れる。

セラピストの一言

私たちは、「感じる」ことを通して体験しています。

たとえ私たちの反応が、外側の出来事によって引き起こされているように見えても、内的な体験です。言い換えれば、どこまでいっても私たちは自分自身を体験しているにすぎません。

そして何をどう「感じる」かは、私たちがそれを「どう解釈するか」にかかっています。

愛の眼差しで解釈するか、恐れの眼差しで解釈するかは、私たちの選択です。

誰も私たちを傷つけることができないのと同じように、私たちは誰も傷つけることができません。私たちはそうした罪を作れないのです。その事実が私たちは人を傷つけたんじゃないか、間違ったことをしてしまったんじゃないかという罪悪感から解放します。

「他人のせいでこうなった」と、人のせいすることは不可能です。

本当の選択の力は私たちにあり、自分に影響を与えられるのは自分だけ。

私たちの本性である愛は攻撃できません。
愛はすべてを包みます。
愛は無防備の強さであり、自由です。

自分が愛であることを恐れているのは、誰でしょう?

あなたは愛であることを受け入れられますか?

『奇跡講座』(A Course in Miracles) を学ぶなら、こちらの2冊。
上巻はテキスト、下巻に受講生のためのワークブックと教師のためのマニュアルが収められています。

マニュアル編、ワークブック編と分かれているものを買う必要はありませんよ~

ワークブックの実践のために、テキストがあります。
なので買うならまずは下巻から。

『奇跡講座』よりも柔らかい ディヴァイン・ヒーリング もおすすめ。
『奇跡講座』に挫折した方は、こちらの方が肌に合うかもしれません^^

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